「 ベンチャー支援とベンチャー過保護の境界線 」
(前編)

(1999年7月2日)


☆ 今回の主な内容 ☆

今回取り上げるのは先月発表された二つのベンチャー支援策についてです。日本でもようやくベンチャーやSOHOが評価されるようになってきたようです。支援に向けての動きも次第に活発化してきました。しかしそこにはどんな問題があるのでしょうか?

先月、起業や経営者に関するイベントにニヶ所出席した。そこで思い知らされたのは、ベンチャーに対する政治家と経営者との認識の違いだ。

会社経営や起業に情熱と志が不可欠であるのと同様、ベンチャー支援にもベンチャーへの深い理解と支援への情熱が必要になる。これを欠いた支援などうまくいくはずがないし、これに乗じて世間の注目を浴びようとするのなら、これほど始末に終えないことはない。

先月の10日、国会議事堂前のキャピトル東急で、民主党のシンポジウムが開催された。「政界のベンチャー」を自負する民主党が『起業家支援法案』なるものを議員立法として提出するのだという。名づけて「デモクラット起業家倍増プラン99」。

ステージには「起業力!!」という、陳腐ながらもおどろおどろしいコピーが掲げられ、政党主催の会合とは思えない雰囲気だ。壇上に菅直人代表が登場。「ベンチャーマインドが日本を変える」と題する基調講演を行う。

「いまこそ政治のベンチャー化が必要なんです!!」

語調に力をこめて熱っぽく語る。菅氏にしては珍しい。しかし、よくよく聞いてみると政治の話ばかり。経営についての話になると、聴衆席の先頭に座るパソナの南部靖之氏(同社代表取締役)とエイチ・アイ・エスの澤田秀雄氏(同社代表取締役)を壇上に引き上げ、突然三人の座談会に。

「今回、うちの若手連中が法案をつくったんですが……」という具合。どうやら管氏はベンチャーには関心が無いらしい。

この「起業家支援法案」の中身とは何か。配布されたパンフレットにはこう書いてある。

    1.技術で新規事業をつくる
    2.厚い支援で女性起業家をつくる
    3.教育で創業者をつくる
    4.やり直し支援でセーフティーネットをつくる
    5. 規制撤廃で新産業をつくる
    6. 税・金融改革で成功者をつくる

一見すると魅力的な内容かと思いきや、法律案の条文をつぶさに眺めてみると、まったく異なる政党がまとめたかのような内容になっている。

    1.ベンチャー支援税制の若干の緩和する
    2.中小企業にもっと補助金を与える
    3.女性の起業機会と受注機会を助ける
    4.国立大学教員の民間企業役員兼務を認める

このように、法律案の内容は月並みなものにとどまっており、面白いものがあるとしても机上のアイディアコンテストに終始している。言い過ぎかもしれないが、詳細を紹介するほどのものは見当たらない。

新しさもあまり感じられず、まるで学生か政治家養成塾の生徒が書いたレポートのようだ。この案の根本思想にあるのは、国家が手厚く保護をすることによって起業家を増やそうというもの。これにより新しい会社が増えれば、それだけ雇用も増え、アメリカのような元気なベンチャーも増える。そしてアメリカのような好況が到来するだろう。そういう姿を夢見たものだ。

これは、いくつかの点で奇妙である。まず、元気なベンチャーは保護の薄い自由奔放な環境から生まれるものだ。ある程度の支援があればなお良いが、それは闘って勝ち取る「支援」であって、上から与えられる保護ではない。

「SOHOや新規創業を増やして雇用を拡大させる」というのも、あまり聞いたことがない。SOHOや新規創業を増やしたければ、その最も手っ取り早い方法は、失業率をもっとあげることだ。

アメリカにおける創業の増加は、過剰なリストラに伴う失業率の高まりも一つの要因になっている。アメリカの大学や大学院で起業論が初めて開設されたのは1946年頃と言われるが、実質的に普及をし始めたのは、アメリカの大企業の地盤沈下が始まる1970年代からだという。

日本企業のアメリカ進出攻勢と軌を一にするところから、「あなたがた日本人があまりにも進出してくるからだよ。私たちアメリカ人が起業家教育にさらなる努力をしなければならなくなったのは……」などという、冗談ともつかぬ嘆きもあるほどだ。

闇雲にベンチャーを礼賛するのも考えものだ。だいたい、企業内の新規創業であればまだしも、独立系の新規創業には難しい点が多い。「倍増プラン」は、独立系ベンチャーが本来的に多くの困難を伴う無謀な企てであるということをきちんと見ているようには思えない。アメリカの成功ベンチャーの果実ばかりに目が行っているのかもしれない。民主党の法案発表に見られる楽観思考は、「シリコンバレー幻想」にとりつかれた人々によるものとしか考えにくい。

ゲストスピーカーである千本倖生氏(慶應義塾大学大学院教授・日本ベンチャー学会副会長)も「まぁ、こういう法案は、やらないよりはやった方が良いのかもしれないけど……」と低評価。奥谷禮子氏(ザ・アール代表取締役)に至っては「過剰な保護は産業の衰退を導く可能性がある」と指摘し、民主党陣営は若干の困り顔。新聞社、雑誌社などから多くの取材が来ていたにもかかわらず、翌日の新聞ではほとんど紹介されなかった。この法案と会合のもつ意義がどの程度のものであるかを物語っている。

ステージ上で管氏と対談する格好となった南部氏も澤田氏も、起業家支
援に最も望むこととして税制改革を挙げていた。とりあえずはそれだけやれば十分だと。民主党の法案には、あまり組みこまれていない要素だ。

中小企業のスタートアップ期だけでなく、ベンチャーを支援する側の立場としても、税制の問題を挙げている。特効薬や斬新なアイディアではなく、もっと身近に解決すべきことがあるわけだ。改革しにくい問題だから取り組まないのか、国民からの注目を集めにくいからやりたくないのか、それとも問題視していないだけなのか、どれが原因かはわからない。

しかし、そもそもどのくらいの数の政治家が、ベンチャーやSOHOをきちんと認識しているのだろうか。だいたい国家が手厚く保護をして、ベンチャーやSOHOがそれに依存する。この図式はどう考えてもおかしいではないか。

なのに臆面もなく、そのような法案を派手に発表するというのは、民主党がもはや政策集団として機能していないことを明らかにしていると言っても過言ではない。新規性のある取り組みは大いに歓迎したい。しかしただ注目を集めるだけの目的で、内実を伴っていないのならば、かえって逆効果になることもあるということを肝に銘じておきたい。